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セラピスト ヒストリー
 


日本初 オーラソーマが受けられるカフェバー、オープン

— 渋谷とは思えないくらい静かな街並み。店内も落ち着いていて素敵ですね。

保志 ありがとうございます。オープンが08年の11月ですから、3年経ちました。

— オーラソーマを受けられるお店。こういったお店は他にはないのでは。

保志 ホームページでも「日本初 オーラソーマが受けられるカフェバー」とうたっています(笑い)。

— お店を出すことを決められたのは。
 
保志 それまでは自宅をサロンとして展開していたのですが、口コミやご紹介で、人が人を呼んでくださって、お客様が多くなってきたのです。お客様はお勤めの方が多いのですが、都内でも受けられないか、という声が多くなってきて…。都内で何かやろう、チャレンジしてみようと考え始めました。
 
— この場所はすぐに見つかったのですか。
 

保志 最初は都内のマンションを探したのですが、私らしくないなと。イベントなどに出ていた時に、「オーラソーマを受けたいけど、どこで受けられるかわからない。」という声をよく聞きました。それを思い出して、カフェとか、オープンなところにあったらどうかと。そういったお店なら、ふらっと入ってこられて、いろいろな方に親しんでもらえるようなスタイルが取れるのではと考えました。

 
— ここと決めたのは。
 
保志 場所を探すのは大変でした。都内とは思っていたのですが、渋谷はぜんぜん考えていなかったんです。でも、ここを紹介されたときに、あれっと。駅から近いのに、静かで。気に入りました。
 
 
オーラソーマとの出会い
 
— オーラソーマとの出会いは。
 

保志 社会人としてのスタートは、メーカーの経理事務なんです。ある時期は正社員、ある時期は派遣として、雇用形態は様々ですが、一貫して経理事務をしてきました。地道に働きながら、シャンソン歌手をしていた時もあるのですが、大きな転機は結婚ですね。

 
— シャンソン歌手ですか。そのお話も後で伺いたいと思いますが、結婚は何歳のころですが。
 
保志 30代後半です。結婚した時に思ったのは、これで足元が固まった。さて、これからの私の人生、どう生きるかということ。これからがスタートという気がしたんです(笑い)。社会人として特に悩みやトラブルはありませんでした。でも、その時に、心の中で何かしなくてはという思いがあったんです。
 
— 自分探しですか。
 
保志 そう、まさに自分探し。でも見つけるのが難しかった(笑い)。あれこれ興味のあることからやってみようと。そのとき、コーチングが流行っていて友達が習っていたので、コーチングも少し勉強しました。他にもメイクの教室やシナリオセンターにも通いました。それぞれ面白かったのですが、でもこれは違うなと。
 
— そんな時に、オーラソーマに出会った。
 

保志 あるとき友達が、気持ちのいい場所へ行ってみないかと誘ってくれました。それがオーラソーマのサロン。ボトルを見て、ワァきれいと。カウンセリングを受けて、見事に私の内面を映し出す。色を選んだだけでいろいろなことがわかる、不思議な世界。その時にセラピストの方から、「あなたはセラピストに向いている」と言われました。それがきっかけで、思い返してみたら、会社勤めをしているころから、よく相談されていたんです。同じ会社の人だけでなく、給湯室やトイレで顔を合わせる、他の会社の人からも。

 
— 保志さんの魅力ですね。
 
保志 なんでしょうね。友達にも相談されることが多かったし。そして、「いつもありがとう」、「保志さんに相談すると元気が出る」と言われていました。
 
— これだ! と。
 
保志 あっていたのだと思います。自分に向いていたんだと思う。違和感がなかったし、これならやっていけると思いました。今までもよく相談にのっていましたが、色の知識がプラスアルファされて、より話しやすくなりました。
 
— 会社は辞められたのですか。
 
保志 いえいえ、自宅で仕事がお休みの土曜、日曜に行っていました。
 
— お客様は順調に来られたのですか。
 
保志 初めは口コミがほとんどでしたが、私はすごく運がよくて。自分のホームページを作る前に、知り合いの化粧品販売をしている方から、「自立している女性を紹介するサイトを立ち上げたい。一つのコーナーとして紹介したい」というお話があり、作ってくれたんです。その後も、イベントを企画開催している方を紹介していただき、イベントに出店したり。ありがたいことに、つながってきているんです。焦せらなくても、機会を与えて頂いているというか。
 
— そういう意味でも、オーラソーマセラピストは天職だったのですね。
 
 
シャンソン歌手という一面
 
— シャンソンのお話も聞かせていただけますか。先日は英六輔さんのライブに出演されたそうですね。
 
保志 はい、永六輔さんのライブ「四千五百円六輔七転八倒」です。私はカンツオーネから「コメプリマ」、シャンソンから「恋は一日のように。永六輔さん作詞 中村八大さん作曲「芽生えてそして」、それから永六輔さんと「いつもの小道で」「どうして」をデュエットさせていただきました。
 
— シャンソンはいつごろから。
 
保志 20代前半のころに、友達がダンスをしていて、見に来てと誘われて行ったのが、シャンソンでした。歌を聴いて、すごく美しい。世の中にこんな歌もあるんだと。
 
— 衝撃的なシャンソンとの出会いですね。
 
保志 子供のころから歌は大好きでした。おばあちゃんが教えてくれた、美空ひばりの柔とか、聖子ちゃん、山口百恵、花の中三トリオ、新御三家、天地真理。南沙織。テレビから流れてくる音楽いろいろ歌っていました。
 
— 子供のころの夢は歌手になること。
 
保志 いいなくらいですね(笑い)。でも漠然と、社会に出て25歳くらいで結婚して、家庭に入って、お母さんになる。そんな人生設計を思い描いていました。それがシャンソンに出会って。すごくいいと。習いに行こうと思ったんです。
 
— 本格的に始めようと。
 
保志 歌手になると思ったわけではないんです。ただ覚えてみたいと。でも、テレビとかではなかなか聞けないから、先生につかないとわからない。
 
— 先生は見つかった?
 
保志 たまたま友人の知り合いの方がシャンソンを教えていたんです。有名な銀巴里とかでも歌っていた方でした。
 
— それが仕事になったのですか。
 
保志 習いに行っていたら、先生から、知り合いに新しくシャンソンのライブハウスをオープンする人がいて、歌い手を探しているとお話を頂きました。
 
— ためらいは。
 
保志 ぜんぜん(笑い)。好きな歌を人前で歌えて、しかもお金がもらえる。絶対歌いたい。やります、やりますと。始めたら、他のライブハウスからも声がかかるようになって、会社勤めをしながら夜は毎晩のように歌っていました。
 
— 2足のわらじを。
 
保志 私は意外と真面目で、昼夜両方ともきちんとやろうと思っていました。
 
— 充実した日々ですね。
 
保志 歌を歌うことも楽しかったのですが、出会う方々もすごく個性的で、魅力的で面白かった。普通では味わえない違う世界を見たと思います。
 
— 何年くらい2足のわらじを。
 
保志 7・8年続いたのですが、体調を崩してやめました。それはそうですよね、仕事が終わってから飲みに行って寝ないで仕事へ。でも、楽しくて仕方がなかった。
 
— 辞めたのはシャンソン? 昼間の仕事は。
 
保志 昼間は派遣の契約が切れた合間とか、休んだ時もありますが、ほぼ働いていました。
 
 
地道な保志さんとパワフルな保志さん
 
— パワフルでエネルギッシュな保志さんと地道な保志さん、2人いるようですね。
 
保志 男っぽいでしょう。さばさばしている。悩むけど前向き。落ち込むけど、さて次はどうしようとすぐ考える。
 
— 物事をプラスに持って行ける。
 
保志 決してマイナスにはいかない。自分のことを信じてるんだと思います。根拠のない自信です(笑い)。でも、カウンセラーとして、自分に余裕がなかったら人の話は聞けない。気持ちに余裕がないと、人のことを引き受けられません。
 
— その性格は小さい頃からですか。
 
保志 いえいえ、何をやってもパッとしない。背も低いし。目立たない。これだけは一番というものはないし。地味な子供でした(笑い)。
 
— 変わったのは。
 

保志 父が、プロレスが好きで一緒によく見ていたのです。高校生の時にテレビを見ていたら、いい試合があったんです。一方がやられっぱなしで、「ギブアップして、もうやめていいから」と思いながら見ていたら、最後に逆転で勝ったんですね。あきらめなくてよかった。あきらめなければ勝てる。道は開けると、そう思いました。そのプロレスラーに会いたいと都内の試合会場に行くようになり、知り合いができて。そうしたら、フアンクラブの会報誌の編集長をやらないかと。そこで、会報誌を作っていたら、好きなプロレスラーに会えたんです。

 
 
すべてはほんの少しの勇気と行動力から
 
— すごいですね。
 
保志 すべてはほんの少しの、勇気と行動力から始まりました。
 
— 保志さんとお話をしているとすごくいいパワーを頂いている、元気になるような気がします。
 
保志 ありがとうございます。そういっていただけるのが一番うれしいですね。
 
— 今まで保志さんのセラピーを受けた方は何人くらいいますか。
 
保志 1000人以上はいると思います。
 
— 印象に残っていることや出来事、出会いはありましたか。
 

保志 どの方もそれぞれ印象に残っていますが、例えば、結婚したいと望んでいて、結婚した方がいます。ご自分に自信がなくて悶々としていたのですが、自分を受け入れたら、彼が出来てゴールイン。また、ある有名なプロレスラーの方が来てくださって、オーラソーマを受けてくださったのですが、その方から「元気になった。来てよかった。すごいね」と。これは自信になりました。自分の進んできた道が間違っていなかったと確信しました。

 
 
大人が生き生きとできる場所
 
— セラピストとして、カフェバーのオーナーとして、今後の目標は。
 
保志 ここを、大人を応援できる場所にしたいなと。それと共に私たちも楽しみたい。楽しい大人が集まる、大人が遊べる場所、大人が生き生きとできる場所にしたい。そういう意味ではカウンセンリングと同じです。
 
— 人を元気にする保志さんは、何から元気をもらっているのですか。
 
保志 まずはお客様から。カウンセリングをやらせていただき、その方が来た時よりも元気になったり、笑顔になったり。ここでは、カウンセリングが終わってから、その方に必要なパワーを取り入れていただきたいので、オリジナルのカラーカクテルをサービスしているんです。その時に話しをしていると、「受けてよかった」「明日から頑張ります」と言っていただける。その言葉がうれしいですね。私は、お客様から元気を頂いている。
 
— 素敵ですね。
 

保志 非力ながら、お手伝いができたのなら本当に嬉しい。後は、周りで支えてくださっている方々からも、元気を頂いていると思っています。私の宝物。お店を始めて、いろいろな方に助けていただいています。きれいごとでなく、感謝の一言しかありません。人って優しいな、ありがたいなと心の底から感じています。その方々にこたえるためにも、頑張ることが恩返し。お店をもったこと。ためらいなくいい体験をしていると思っています。

 
 
「会いたい」と思ってもらえるセラピストに
 
— 最後にこれを読んでくださる方々へのメッセージはありますか。
 

保志 私は、シャンソンもプロレスもカラーも、OL時代に経験したことも、結婚も。すべて含めて『保志吏衣子』。保志吏衣子として、自分も含めて、楽しい大人を作っていきたい。目指しているのは、「この人に会いたい」「この人に話を聞いてもらいたい」そう思ってもらえる、人間、保志吏衣子です。そんな風に思っていただけたら最高に幸せ。そのためにも、これからますます、自分を磨いていきたいと思います。

 
 
インタビュー後記
 
保志さんのお話を聞いているうちに、私までパワー全開。心がホカホカと温かくなりました。「持ってる」セラピスト、保志さんを実感しました。渋谷駅から徒歩5分。是非一度、ふらっと立ち寄ってみてください。
 
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